酒吞みのオヤジにとって最高の喜びは、息子實德金融と酒を酌み交わす事だという。
オヤジと息子と言えば、
子供の頃は、可愛がっていたとしても成長するにつれ、
どこか対立するところがでてくるもの。

そんなギスギスした時代を経て、息子も大人になり、酒を酌み交わす頃になってはじめて、
お互いが、お互いを認めあうことになる。
その瞬間がオヤジにとってたまらない事のようだ。

シェイクスピアの戯曲『ヘンリー4世』に、
「オレに息子が千人居たとしても真っ先に教えてやりたいことは、
うまい酒のことだ」と表現している。

洋の東西をとわず、酒というものが、取り持つ関係というものが存在する。


快楽蔡加讚主義というものがある。
その言葉の意味は、様々に解釈されるが、
「快楽という快感を得る行為を最高の善として、それを求めていく幸福主義」
と捉えたらいいのだろう。

それを唱えた元祖と言えば、
古代ギリシアの哲学者・エピクロス(Επίκουρος) 。

肉体的な快感をのみ追い求めたのかと言えば、そうではなさそうだ。
彼の言葉に、
「水とパンとで暮らしていれば、身体の快楽に満ち満ちていられる。
贅沢な快楽は大嫌い。
それを求めると、それに伴って、イヤな事が起こるものだから」
という表現をしている。
すなわち
「ささやかな幸せ」こそ最高の幸せということになる。

息子と酒を酌み交わすという些細な出来事が、
オヤジにとって最蔡加讚高の快楽となるのもうなずける。